10月16日から18日まで隠岐4島へ行ってきた。風光明媚で知られる島だが、後鳥羽上皇や後醍醐天皇が流された島でもある。後醍醐天皇が隠岐を脱出して建武の中興にいたる史実は、ナポレオンのエルバ島脱出にも似ている。そんな島に行ってみたかった。 隠岐へ渡るフェリーの出発地・鳥取県の境港市(左は境港駅と港)は、水木しげるアニメのキャラクターが、あふれていた。ポスト(左)の上にも、鬼太郎がいる。 単なる港だと思っていたので、予期せぬ収穫があったようなものだ。得をした気分で、水木ロードを歩いた。 水木しげる(本名は武良茂)は、1922年(大正11)に境港市で生まれた。幼少期から好奇心が旺盛で、近所に住む老婆(のんのんばあ)から不思議な話を聞き、妖怪や精霊に興味をもつようになったという。画家を夢見ていた青年時代に、太平洋戦争に召集されラバウルで片腕を失った。帰還後は、職業を転々としながらも絵筆を持ち続けた。神戸市兵庫区水木通りのアパートを経営し、住人の影響で紙芝居作家としてデビュー。「水木しげる」は、水木通りからつけられた。 800bにわたる道の両側には、鬼太郎だけでも数体、ねずみ男、目玉おやじ、妖怪(左)など86体ものブロンズ像が並んでいた。非常に精巧に出来たブロンズなので、芸術作品としても見応えがある。電話ボックスも「鬼太郎の家」。(右)。 もし、水木ロードがなければ、ここも、多くの地方都市と同じように、商店街のシャッターは降りたままだったかもしれない。おなじみ、鬼太郎まんじゅう、鬼太郎煎餅はもちろん鬼太郎ビールも売っていたが、旅は始まったばかり、この町で1円も使わなかった。悪いような気がしたが、いらないものが増えても仕方ない。 下の写真は、プラットフォームに停車中の「鬼太郎列車」。境港から米子まで一駅間の一両編成だが、れっきとしたJRだ。外観はご覧のように水木ワールドだが、車内も、鬼太郎クン、妖怪クンらが迎えてくれるらしい。 6月に礼文・利尻島に行った時に、レールが切れている北の果て「稚内駅」に立ち寄った。10月の隠岐の島行きでも、レールが切れている西の果て「境港駅」を見ることが出来た。両駅とも、単に駅と、切れている線路を見たにすぎない。 こんなことを考えていたら、がぜん鉄道の旅をしたくなった。速いばかりが能じゃない。ゆっくりのんびり旅に、憧れる年齢になった。(2004年12月7日 記) 感想を書いてくださると嬉しいな→ 銅像めぐり1へ 次(大石内蔵助)へ ホームへ |