| ベネルックス3国の旅 9 ナポレオン敗退の戦場ワーテルローは、ブリュッセルから南へ17qの地にあります。明智光秀の3日天下、ナポレオンの100日天下など英雄の最期には何やら心ざわめき、激戦地に立ってみたい気持ちは以前からありました。 現在はベルギーに属している地ですが、戦い当時はベルギーという国はなく、ワーテルローはフランスに占領されていました。フランスに勝利後もオランダに占領され、今のベルギーが独立したのは1830年のこと。ヨーロッパ史は、現在の国の範疇で考えると、理解しがたいのですが、ここらも込み入っているので、わかりにくい所です。 ナポレオンに勝利したことは、ヨーロッパ人にとって、私たちが考える以上に、誇らしいことのようですね。「ロシアでは、化学者でも、ナポレオンを破ったのが1812年だと正確な年号を言えるんで驚いたよ」と、モスクワでの経験を兄が話していたことがあります。 ワーテルローで、完全にナポレオンをうち負かした立て役者、イギリスのはしゃぎようは言うまでもありません。ウエリントン将軍の棺は、ロンドンのセントポール寺院の地下に安置されていますが、ひときわ立派。テムズ川にかかる橋や、地下鉄・鉄道の駅にも「waterloo」の名がついているほどです。 ビビアンリー主演の映画「哀愁」の原題は「Waterloo Bridge」です。映画が大好きだった私は、ウオーターローブリッジという原題は知っていました。世界史で習う「ワーテルローの戦い」も必修項目。ところが、この二つを結びつけて考えたことはなかったのです。ウオータールーとワーテルローが、読み方の違いにすぎないと気づいたのは、ほんの十数年前。小学生でもwaterをウオーターと読めるほど、日本では英語読みが一般的ですが、ローマ字的に読むと、waterlooは、ワーテルローですよね。 感想・要望をどうぞ→ ベネルックス3国の旅 1へ 次へ ホームへ |