行きあたりばったり銅像めぐり
 31回

 月の砂漠像

 先日、新選組のふるさと・日野を訪ねた。土方歳三の像を2種類撮ってきたが、最初はプレビューできた画像が、次第に、PC上で見えなくなってしまった。スマートメディアの汚れが原因らしい。写真がないとあっては、銅像めぐりで「土方」を書くわけにはいかない。

 何かないかと思案のあげく、「赤い靴はいてた女の子像」に続き、童謡「月の砂漠像」を、取り上げることにした。2年前の2002年3月16日と17日に、千葉の房総を訪ねた時に、御宿海岸で出会った。

 「月の砂漠」の作詞者は、叙情画家としても知られる加藤まさを氏(1897年〜1977年)。1923年(大正12年)に、『少女倶楽部』の依頼で作詞した時は、挿絵も描いた。作曲は、佐々木すぐる氏。80年間も歌い継がれている。

 「御宿を思い出しながら書いた」と、本人が話しているから、月の砂漠誕生の地であることに異議はない。しかし、御宿は、夏には海水浴で賑わうありふれた海岸である。砂丘でもない。本物の砂漠とは似ても似つかぬ地に、三日月の碑と王子様・お姫様コンビが立っていた。(右写真)

 まだ「銅像めぐり」をしていない頃の旅なので、細部や顔の拡大を撮影してこなかった。下に歌詞を書いたので、像と比べていただきたい。歌詞を忠実に再現していることに感心した。

 月の砂漠を はるばると 旅の駱駝がゆきました 金と銀との鞍置いて ふたつ並んでゆきました 

 金の鞍には金の瓶 銀の鞍には銀の瓶 二つの瓶はそれぞれに 紐でむすんでありました

 さきの鞍には王子様 あとの鞍にはお姫様 乗った二人はおそろいの白い上着をきてました

 廣い砂漠をひとすじに ふたりはどこへゆくのでしょう 朧にけぶる月の夜を対の駱駝はとぼとぼと

砂丘を越えてゆきました 黙って越えてゆきました


 この歌は、NHKが募集した「ふるさとの歌100選」で、千葉県で1位、全国で5位に選ばれたほどの人気だ。私が、長いこと砂漠や駱駝に漠然としたあこがれを持っていたのは、この歌のせいかもしれない。現在のように情報過多でない時代に、繰り返し流される歌や挿絵の影響は、なんと大きいことか。幼児期にインプットされたイメージのなんと強いことか。

 10年ほど前に、偶然手にした本多勝一著『アラビア遊牧民』(1981年第1刷)の「月の砂漠の夢と現実」の中で、びっくり仰天の事実を知った。次は、冒頭部分の抜粋。

 アラビアに何年か住んで、日本とは正反対の自然と人間に神経を痛めつけられた日本人のひとりにジッダで会った。彼は私たちにいった−「月の砂漠」なんて歌を作って男のツラあみてえもんだ。

 本多氏は『アラビア遊牧民』を書く折りに、加藤まさを氏から、月の砂漠誕生秘話を聞いている。

「・・砂漠どころか外国へはどこへも行ったことはないけれど、砂漠にはなんとなくあこがれがありましてね。・・隊商じゃしかたないんでお姫様と王子様にしてやろう。月も冷たく澄んでるより朧月がいいだろうと、勝手に想像しましてね。・・」

 加藤氏の歌詞は、すべて想像の産物だったのだ。でも私たちは、この歌から多くの夢をもらっている。ウソだと言われても、「月の砂漠」の価値が下がるものでもあるまい。

 ただし、現実の砂漠は、お姫様と王子様がとぼとぼ旅をしたらベトウインに略奪されるし、朧に月がけぶるのは、猛烈な砂嵐が静まりかける時だけだと、本多氏は書いている。歌のような情景は、本当の砂漠ではあり得ないそうだ。

 像のそばには、「月の砂漠記念館」も建っている。左写真でおわかりのように、実に堂々とした構えだ。

 中に入る時間がなかったので、パンフレットだけ貰ってきたが、愛用の机やピアノ、「月の砂漠」の直筆が置いてあるらしい。「実際の砂漠を見ないで、作詞した・・」とは、おそらく展示していないだろう。旅は、夢を売る商売だから。

 ところで、この旅は、千葉の大網白里出身である姉妹・KさんとTさんのお誘いで実現した。彼女らとは、エジプトの旅で知り合った。ホンモノの砂漠のご縁で、ウソの砂漠を訪ねたことになる。

 Kさん、Tさんには兄弟がたくさんいる。初対面の末の妹さんが丸2日間、運転してくれたので、房総のみどころを隈無く回ることが出来た。海の幸や摘みたてのイチゴの味も忘れられない。

 房総の旅定番の花畑(左)と、魚の天日干し(右)の写真をご覧いただきたい。訪れたのは3月半ば。花の盛りは過ぎているという話だったが、まだ十分きれいだった。

 Kさんの女学校の同級生が嫁いでいる仁右衛門島訪問が、特に印象に残っている。仁右衛門島は、個人所有の島だ。当主の名前は、平野仁右衛門と言う。当主夫妻にもお会いした。小さい島ながら、源頼朝が隠れた洞窟や、日蓮が初日の出を拝んだ場所もある。又の機会に書いてみたい。(2004年3月7日 記)

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