先日、オフ会なるものを初めて開いた。オフ会は、パソコンで知り合った人との会合のことだ。ネットがオンでない状態の時に会うから、オフ会と言うらしい。集まった4人は、「奥の細道」の縁で知り合ったので、芭蕉が奥の細道に旅立った地・千住(東京・足立区)を散策しようとの趣向だ。案内人は、千住に生まれ育ったJさん。地元ならではの細やかなガイドのおかげで、「千住宿」を楽しむことが出来た。 記念館到着は、閉館5分前だった。「名古屋や横浜から来たんです」と泣きついたら、「お金はいらないから、急いで見てきなさい」と入れてくれた。 「たけくらべ」の草稿・半井桃水に宛てた書簡・小間物屋の仕入れ帳・遺品のかんざしや紅入れ・一葉旧宅の模型、家族の写真・著作本などが所狭しと、展示してあった。目新しいものは、日本銀行が寄贈した、番号A000002Aの5000円の新札。2番は非常に貴重らしい。 記念館を最初に訪れたのは、1968年だったように思う。東京の私立高校の卒業生有志と下町を散歩した時に立ち寄った。次は1997年に、近所の友人との「歩く会」で訪れた。私は、自分でもあきれるほどパンフレット類を大事に保存しているが、並べてみると、表紙も中身の説明も少々変わっている。 ![]() ![]() 左が1968年、中が19997年、右が2004年のパンフレットの表紙である。左の肖像画は正宗得三郎筆、中の肖像は羽石光志画とある。入館料は20円、100円、130円と値上がりしている。 一葉は、明治5年に、東京府の官舎で生まれた。東京府の下級官吏だった父親は、彼女が17歳の時に亡くなった。すでに兄も亡くなっていたので、一葉が妹や母のために家計を支えねばならなかった。小説を書き始めたのも、生活のためだったと言われる。 信如と美登里の淡い恋ものがたり「たけくらべ」の大筋は知っているが、この機会にきちんと読んでみようと思いたった。下記は冒頭部分だが、句点(。)がまったくないので、どこで切ったらいいかわからない。 廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぶろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明くれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は佛くさけれど、さりとは陽氣の町と住みたる人の申き、三嶋神社の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦(いへ)もなく、かたぶく軒端の十軒長屋、二十軒長や、商ひはかつふつ利かぬ處とて半さしたる雨戸の外に、あやしき形(なり)に紙をきりなして、胡粉ぬりくり彩色のある田樂みるやう、裏にはりたる串のさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日に仕舞ふ手當ことごとしく、一家内これにかかりて夫れは何ぞと問ふに、知らずや霜月酉の日例の神社に欲深様のかつぎ給ふ是れぞ熊手の下ごしらへといふ、・・(インターネット文庫「青空文庫」より抜粋)。3カ所の下線は、私が引いた。下の写真を参照。 明子さんとは、「中国国宝展」を見に行くことを約束してあったが、「国宝展は混みそうだから、竜泉寺の周辺を歩こうよ」と提案したら、「私もそういう場所を歩きたかった」と意見が一致。 遊郭の出入り口が「大門」。遊び帰りの客が後ろ髪を引かれて遊郭を振り返ったことから、「見返り柳」という。信号に大門の名(左上)が残り、見返り柳(右)には、碑と説明がついている。 大音寺(左)は柵がしてあり中に入れなかったので、入り口だけ撮ってきた。 「たけくらべ」冒頭の文で、今でも続いている行事は酉の市。酉の市は、鷲(おおとり)神社の祭礼で、11月の酉の日に行われる。今年は、一の酉が2日、二の酉が14日、三の酉が26日である。三の酉まである年は、火事が多いと言われるが、もちろん科学的根拠はない。 2日後にお祭りを迎える境内は、熊手の飾り付けに大わらわだった。熊手は、商売繁盛を願う人が買い求める。下の写真は、売約済みの札がついている熊手だ。「これは、いちばん大きいですね。いくらするんですか」と聞いてみた。「120万円だよ」と事も無げな返事が返ってきた。 受付にいた方に「前に来たときに、知らないで写真を撮ってしまったんです。記念館の紹介もしますから、銅像掲載をお願いします」と頼んだ。「そういうことなら仕方ない」と許してくれた。それが冒頭の銅像である。 下谷竜泉寺町では、小間物屋もやっていたが、次第に、小説が注目されはじめる。小間物屋などをしている暇はなくなり、本郷区丸山福山町に移った。 本郷での生活は、「大つごもり」「たけくらべ」「にごり絵」「十三夜」などの名作を立て続けに発表し、後に、「奇跡の14ヶ月」と言われる日々だった。24歳の若さで亡くなったのは、そんな矢先の明治29年11月23日。毎年11月23日は「一葉忌」を開催しているが、新札が発行されたばかりの昨日は、特に混雑したそうだ。 一葉が、金の工面に苦労していた話は有名だ。無心する手紙も残っている。その割には、彼女をめぐる男性陣は華々しい。美人というだけでなく、聡明なひたむきさに、多くの男性が惹きつけられたようだ。森鴎外、島崎藤村、川上眉山などそうそうたる作家が、彼女の家に出入りしていたとの話を、読んだことがある。 野口英世が金銭感覚が無茶苦茶だったことは前項で書いた。樋口一葉も、金策に明け暮れた一生だった。そんなふたりが、新札の顔になった。面白いものである。(2004年11月24日 記) 感想を書いてくださると嬉しいな→ 銅像めぐり1へ 次(ゲゲゲの鬼太郎)へ ホームへ |