ブータンの旅 2
国民総幸福

 「わが国にとって重要なのは、GNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福)だ」と4代目国王が宣言したのは1976年。人間は物質的な富だけでは幸福になれず、充足感も満足感も持てない。そして経済的な発展や近代化は、人々の生活の質や伝統的価値を犠牲にしてはならないと、語ったという。

 1976年といえば37年前。日本では高度成長に疑いすら持っていなかった頃だ。こんな時期に、物質的な富だけでは幸福になれないを国是とした国王の英知に感服するほかない。

ゾンカ文字近代化を掲げながらも、伝統文化の保護や環境保全や国民の福祉を最優先にしてきた。2年ごとにサンプリングで選ばれた人と面談の結果、97%が幸福と答えたという。

 世帯収入、労働時間、睡眠時間、言論の自由、スポーツはしているか、心身のトラブルはあるか、英語とゾンカ(現地語)が読めるか(左がゾンカ語の教科書)、友人はいるか、川は汚れているか、ごみはどのように処理しているか、近所の人を信頼しているかなど、72項目を調査している。

 97%が幸福と答えたのは、5年ぐらい前の調査だ。急速にインターネットやケータイが普及している今、幸福の価値観が違ってくることは考えられる。

 旅の動機は「幸福な人々をこの目で見たい」だった。11日間のツアーでは、心の奥底までは分からない。でも外見をみる限り、誇りをもって凛としている人がなんと多いことか。

人懐こい子どもたち 乞食がいない。ボロをまとっている人がいない。路上生活者がいない。しつこく物売りをする人もいない。好奇心丸出しでジロジロと眺めるような失礼な態度をとる人がいない。道に唾をはくとか、人をおしのけるような不愉快な行動をとる人がいない。媚びて笑うこともなく自然体で接してくれる。

 何よりも子供たちが実に素直で無邪気で、写真を撮っても“マネー!”などとは言わず、逆に“Thank you”の言葉と笑顔が返ってくる。凛々しくて聡明そうな子が多い。左写真は登校途中の小学生。

 「うつ病などはない。自殺者も聞いたことがない」とガイドもドライバーも言う。ストレスに無縁なのだろう。もちろん失業者はいるのだが、親戚などが当たり前のように面倒みているので、浮浪者になることもない。

 老人ホームもない。老人を家で面倒見るのが当たり前なのだ。労働から解放されて、寺巡りを楽しんでいる老人がたくさんいた。数人が輪になってお経を読んだり、マニ車を持ってチョルテン(仏塔の)周りを巡ったり、五体投地のようなお祈りをしている。マニ車は境内にもあるが、老人は小さいマニ車を持ち歩いているが多いそうだ。時計回りに回転させると、お経を唱えるのと同じ功徳があるという。

「これじゃ孤独死などないんでしょうね」とツアー仲間の数人が口にした。

輪になっているお年寄り 仏塔りを廻っている マニ車をまわすお爺さん
 
寺の境内に集まって
お経を読んだりおしゃべりしている
 
チョンテル(仏塔)の周囲を
ぐるぐる回りながら
お祈りしている
 
お祈りするときは
マニ車を持っている


伝統文化の保護

 小中高生の制服は、民族衣装である。公務員やガイドも仕事中は民族衣装。お寺にお詣りする人も民族衣装を着ている場合が多い。子供たちと公務員とガイドだけでも相当の数になる。昼間に限っていえば、民族衣装を着ていない人を探すほうが難しい。

 女性の民族衣装・キラ 民族衣装の着用は、機織り技術を守る役目もしている。ブータンの織物は有名で、手織りしている女性を何人も見た。織物の近代工場はないという。ひるがえって日本の場合は、西陣織などが衰退している。

 女性の民族衣装・キラは、一枚の布を身体に巻きつけたもの。左写真は寺の境内で出会った若い女性。

 以前は全身同じ布だったらしいが、今は腰から下半分の長さで、それに合った上着を着るのが流行っている。上着と組み合わせて何通りものおしゃれができる。上着の袖の折り返し部分も、カラフルだ。着こなしといい、色合いといい素晴らしいセンスの持ち主が多く、うっとりと眺めてしまう。美人が多いから、なおさらステキだ。

 男性の民族衣装・ゴ男性の民族衣装・は、キラに比べ単調かもしれない。日本の着物によく似ていて、上下が一体になっている。日本の着物と違う点は、裾をたくしあげて短くするので、ストッキングをはいていることだ。下駄や草履ではなく、スニーカーや革靴を履いている。

 左は登校途中の小学生。子どもばかりでなく、大人の男性もこのようなスタイル。「写真を撮らせて」と頼んだら、2人はすぐ肩を組んだ。とっても仲がいい。

 ガイドのアシスさんの着こなしはお世辞にも上手とは言えないが、毎日衣装を変える。31枚持っているゴは、縦縞か格子模様だと言っていた。

 ゴは、縞ばかりでなく無地もある。来日した国王は、いつも黒っぽい無地の上下に、真っ白の袖をつけていた。個人的には無地が好き。

 


 民家や近代的なホテルにもブータン様式という伝統技術を残している。パロ近郊の農家を訪ねた。ブータンの典型的な民家だというが、1階は倉庫と家畜小屋、2階には居間と仏間、3階は倉庫や物干し場になっている。壁に龍の絵などいろいろな文様が描いてあった。

 パロやティンプーの都市では高層建築も建っているが、その壁にはブータンの伝統の色(えんじ色など)や文様を使っている。文様は仏教に関する吉祥紋(蓮華・法輪・ほら貝・黄金の魚など)が多い。

台所をのぞいてみたら、身近にある材料を使った漆器、竹の籠などがほとんど。プラスチック製品はなさそうだ。この民家にも大きな仏間があった。日本では仏壇すらない家が多いが、ブータンの家は、最近増えてきたマンションにも仏間があるそうだ。仏教が生活に入り込んでいる。

民家 台所 仏間

典型的なブータンの民家
3階建てが多い 
 
プラスチック製品がない台所
竹の籠や漆器など
 
どの家にも広い仏間がある
仏教が生活に入り込んでいる


伝統技能を守るために技能者の学校がある。絵画・彫刻・大工仕事・漆塗など専門技能者が、ゾン(政府の機関)や寺の修復にあたっている。     (2013年1月2日 記)

 

感想・要望をどうぞ→
次(環境保全・国民の福祉・犬も幸福そうに見える・農作業)へ
ブータンの旅1へ
ホームへ