チェンマイロングステイ その6 
 個人タクシーで郊外と市内めぐり

 1年目の4日目。英語を話すチャットリーというガイド兼ドライバーが9時半にやってきた。個人では行きにくい郊外の寺やモン族の村を回ってくれる。Sちゃんは、日本から友達が短期で遊びに来るたびに彼にガイドを頼んでいるとのこと。安心して車に乗り込む。昨日までの青空と違い、どんより曇っている。「雨は降らないわよ。この時期に降ったことなど一度もない」と皆が言う。

まず、ワット・スアンドークに行った。1383年にクーナ王によって建てられた寺院。ラーンナータイ王家の庭園があったので、スアンドーク(花園)という名がついた。初めてタイを訪れた約25年前は、金色ピカピカの仏像や金色仏塔に驚いたが、その後あちこちで派手な仏像を見る機会があり、驚かなくなった。スアンドークの仏塔も仏像も金色に光っているが、驚きも感動もしなくなった。日本の仏像も作られた当時は、金が施してあったり極彩色に塗られていたというが、今見る仏像のほとんどは色彩に乏しい。修理の費用を惜しんだというより、美意識の違いなのかもしれない。

ガイドのチャットリーは、スアンドーク見学の前に私たちの生年月日を聞いた。生年月日の曜日が載っている本を見ながら「奥さんは日曜日生まれ、ご主人は土曜日生まれ」と教えてくれた。自分が生まれた曜日など親からも聞いたことがないので知らなかった。日本では、さして重要なことではないからだ。

こちらでは、生まれた日の曜日ごとに守護神ともいえる仏様が違うので、とても大事なことなのだ。左から日・月・火・・土の順で仏像が並んでいる。水曜は午前と午後の2種あるので全部で8体が並んでいる。午前に生まれたか午後に生まれたかなど、母子手帳もなく母がボケてしまった今となっては分からない。水曜生まれでなくてよかった!

ここの仏塔には釈迦の髪の毛が入っているそうだ。「はじめは1本でしたが、枝分かれして増えたんです」とチャットリーが言う。「見たことあるの」と笑いながら聞いてみた。「見ることできないんです」。そりゃそうだ。


 ワット・スアンドーク
金ぴかの仏像
 
ワット・スアンドークの仏塔
シャカの髪の毛が入っている


 ワット・ジェットヨート
7つの尖塔がある

次はワット・ジェットヨートに行った。ラーンナータイ王朝の最盛期、ティロカラート王が1477年に建立。ジェットヨートは尖塔という意味で、7つの尖塔がある。インドのブッタガヤにあるマハーボディ寺院をモデルにしたので、インドのガンダーラ様式に似ている。インドで見たような天女や仏が壁を飾っていた。ブッダが悟りを開いたのは、菩提樹の下だと言われる。そのためか大きな菩提樹が茂っていた。仏像の光背にも金色の菩提樹の葉がついていた。

車は、郊外のワット・ドイ・ステープに向かった。標高1700mのステープ山の山腹1080mの所にある。1383年にクーナ王が建立した由緒ある寺。ドイ・ステープには、25年前に高校時代からの友人・Kちゃんと来ている。Kちゃんが「306段の石段を上るのが嫌だ」というので、エスカレーターを使った。今回は25も歳を重ねたのに、楽々登った。

周囲の景観は様変わりしていて、屋台が軒を連ね、祈る寺というより観光寺の趣である。タイの寺で入場料をとるのは珍しいが、ここは30B。境内に入ると裸足にならねばならない。暑くもなく寒くもない気候だから裸足でも不都合はないが、真夏なら裸足は耐えられないような気がする。

チャットリーは手抜きをしないガイドなので、タイ人がお詣りする同じ作法を私たちにもさせる。たとえば「仏塔を3周すると功徳があるから回りなさい」と線香と花を持たされる。こればかりか、お坊さんのタイ語の説教も聞かねばならない。タイ語は分からないし、最後に聖水をかけてくれるのだが、カメラに水がかからないかなど余計なことばかり気になる。こんな態度で聞いていてはせっかくの有難い説教も身につかない。

 
ワット・ドイ・ステープの仏塔
回りを3周する

 
お坊さんの説教
聖水をかけてくれる
 
観光客がいても
スマホに夢中


黄色い袈裟を着ていると偉そうに見えるけれど、境内でブラブラしている僧は、スマホやタブレットを常に手にしていて数珠など持ってない。観光客がたくさんいる場でのスマホは、禁止したらいいのではないか。「坊さんの素顔」は実にオモシロイ。

更に山道を5qほどのぼり、標高1300mのプー・ピン宮殿に行った。タイ王室が避暑目的で1956年に建設し、夏になると今も王室の人が滞在する。空模様が怪しくなってきたので、傘を持って車を降りた。宮殿内部は見せてもらえないが、庭園部分は50Bで開放している。南国の花が咲いているのかと思ったが、いちばんきれいだったのはバラだった。この時期のチェンマイが、日本の春や秋の気候に似ているのだろう。

宮殿からさらに奥まった所にモン族の村がある。夏の離宮一帯を作る時に、点々としていた山岳民族がここに強制移住させられた。村を歩いて見て回ったが、土産物屋ばかりで、彼らの生活ぶりは分からない。以前、中国雲南省の奥地の少数民族の村をアポなしで訪れるツアーに参加したことがある。あの村々には生活があった。今でもその時の光景が浮かんでくる。ここモン族の人も雲南省の民族と似た刺繍の衣装を着ている。もちろん細部は違うのだろうが、大雑把にいうと、とても似ている。

 
ブー・ビン宮殿の庭
バラが満開
 
モン族の村
昔ながらの生活

 
土産物屋
刺繍製品が多い


モン族の村の徒歩観光が終わった頃に雨が降り出した。山から市街に戻る途中でドイ・ステープの脇を通ったが、雨でずぶぬれになった観光客がたくさんいた。出発前の「雨は降らない」の予想は覆された。それほどこの時期の雨は珍しいらしい。

モン族の村見学が終わった時は3時を過ぎていたが、まだ昼食をとってない。Sちゃんご推奨のタイ北部家庭料理レストラン「ファン・ペン」は城壁内の旧市街にある。山を下りて旧市街に入った時はランチタイムが終わり店は閉まっていた。代わりに城壁外にある家庭料理の店に連れて行ってくれた。店構えは汚らしいが、出された豚肉中心の料理はどれも美味。食べ終わった時は5時を過ぎていたし、ホテルの近くまで来ているので、このまま帰るのかと思いきや、また城壁内に戻った。「あと2か所行きましょう」とチャットリーは言う。

食事の頃はやんでいた雨がまた降り出した。「行かなくてもいいな」と内心思ったが、契約がどのようになっているかよく知らないので、ガイドの意に従った。チェンマイでもっとも格式が高いワット・プラシンに行った。1345年、プラ・ヨー王が父の墓として仏塔を建てたのが始まり。雨が降ってきたので傘を差しながら見学した。ライトアップされた外観がきれいだ。「この寺はあなた達の寺だから3回まわりなさい」とチャットリーが言う。生まれた曜日の仏像が決まっているように、生年別の寺も決まっているらしい。

 
格式が高いワット・プラシン

ワット・チェディー・ルアン
本堂では夕方のお勤め
 
 
ライトアップされた
チェディー・ルアン

最後に行ったのはワット・チェディー・ルアン。チェディーは仏塔、ルアンは大きいという意味で、創建時は80mの高さだった。バンコクのワット・プラケオにあるエメラルドの仏像が、いっとき安置されていた格式の高い寺院。ここもライトアップされ、とくに高い所に鎮座している仏像が神々しい。暗闇にほんのり浮かぶ仏様は、なにやら神秘的だ。本堂の内部は、金色の柱が林立し非常に豪華。荘厳な雰囲気の中で、たくさんの僧侶が夕方のお勤めをしていた。2人のお坊さんがマイクを通して読経。あきらかに退屈しそうにしている僧もいる。僧といえども、お経は退屈するものらしい。

雨足はさらに強くなった。帰宅時間と雨が重なって、渋滞がすごい。結局ホテルに着いたのは6時40分。分かりづらい英語に難儀したが、総体的にみれば誠実な良いガイドだった。予定時間が1時間以上過ぎたと思うのに、嫌な顔もみせず、さわやかに帰って行った。もう1度ぐらい彼にガイドを頼む気になった。(2016年6月2日 記)

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