インドの旅6
 カジュラホのヒンズー寺院

2008年11月13日(木)-6日目

 今日は列車とバスを使っての移動日である。まずボーパールからジャンシーまで4時間半の列車の旅。ジャンシーからカジュラホ(インドの旅1の地図参照)までは4時間半のバスの旅。まだカミサマ・ホトケサマに会いたくない気分なのでちょうどいい。インドでいちばんおもしろいのは、そこに暮らす人だと思う。移動中にどんな人に出会えるだろうか。

 11日の夜中に着いたボーパール駅に、今日は朝の9時に着いた。もうお馴染みになった力持ちポーターがスーツケースをまずホームまで運び、列車が到着するとまた車内まで運んでくれる。力のない私には、神とも思えるポーターさんだ。

 夜中に着いた時はわからなかったが、朝見る駅の構内は汚くて臭い。改札口がないので、駅のホームを生活の場にしている人も多いらしい。動物たちも住み着いている。たまたま子犬を産んだばかりのお母さん犬がいたけれど、誰も大騒ぎするわけでもなく、大きな場所を占有していた。こんな中でも、新聞スタンドやナンや果物を売るスタンドがあり、腹ごしらえの買い物をしている人が多い。私たちは、ホテルが作ってくれた弁当を持っている。

子犬と母犬 乞食姉妹 プラットホーム
子犬を産んだばかりのお母さん犬 したたかな乞食姉妹 プラットホームで食事

 足のない妹を背負ったお姉ちゃん乞食もいる。可愛らしい顔立ちで、なんとなくすり寄ってくるので、食べ切れそうもない弁当の中からバナナやりんごをあげた。お金のほうがありがたいらしく、あまり嬉しそうではなかったけれど。シャルマさんによれば、乞食にむやみにお金をあげるのはやめようと政府は呼びかけている。乞食で稼げれば働く気持ちを無くしてしまうからだ。乳飲み子を連れているお母さんや手足のない乞食を見るとついあげたくなるが、同情を引くために、赤ちゃんを借りているしたたかな女性もいるという話だ。

 今日の車内には近くにインド人もいないので、ツアー仲間ととりとめのない話をしていた。そんな時に、シャルマさんがすーと入り込んできて、紅茶とカレーの商売を始めた。インドに来たからには紅茶とカレーを買おうと思っていたので、見本を見せてもらったが、なんと日本で売っているイギリス製の紅茶とほぼ同じ値段だ。アッサム・ダージリン・ニリギリの違い、ビンテージ・2番茶・1番茶・オレンジペコの違いを説明してくれたが、ビンテージなどは100グラムで2000円もする。インドの平均給与は日本の10分の1。こんな国の土産品にしては馬鹿高い。金持ちの国から来た人からは、高いお金をもらえばいいと真から思っているようだ。同じ施設を見物するのに、現地人は10ルピー、外国人は250ルピーだった。こんな感覚を持っているらしい。結局、カレーパウダーとガラムマサラを合計12箱買って、ひとつサービスしてもらった。カレーパウダーも高いのだが、真面目にガイドしてくれるシャルマさんへの感謝の気持ちから買ってあげた。辛いのが苦手な友人が多いので、まだ家に置いたままだ。

羊飼い

ジャンシー駅からカジュラホまでのバスは相変わらす道が悪かったが、のんびりした田舎気分を味わえた。山羊飼いの男(左)、干し草を頭に乗せた女性・・。でも町を通過するときは、それなりに渋滞した。特にシーク教徒たちのパレードに出会ったときなどは、完全にストップしてしまった。今日はシーク教の開祖の誕生日なので、電飾つきの車を中心にしてパレードしながら踊っているグループにいくつも出会った。

 カジュラホは人口が15,000人の小さな村だが、9〜12世紀にチャンデラ王朝が栄えた。人気観光地を持っているからか、空港がある村だ。<カジュラホのクラークスホテル泊>

11月14日(土)−7日目

 旅も後半に入った。インド観光地人気ベスト3は、今日見学するカジュラホとガンジス河の沐浴を見るベナレスとタージマハルがあるアグラだという。ゴールデン3点セットは、すべて後半に見学する。

 カジュラホはチャンドラ王朝(9世紀〜12世紀)の時代には85もの寺があったが、今は25寺しか残っていない。ジャングルに埋もれていた寺院群を1838年にイギリス人が発見した。

寺院群は東と西に分かれていて、西群のヒンズー寺院に見所が集まっている。ラクシュマナ寺院とマハデーヴァ寺院とジャガダンビー寺院をガイドの説明付きで見学。ほか数所は自由に見て歩いた。

ヒンズー寺院 彫刻群 彫刻群
ヒンズー教のジャガダンピー寺院。 こういった像が寺院の壁全体を覆っている。 何千人もの彫刻があるような気がする。

カジュラホが人気スポットなのは、ほかでもない、カジュラホ寺院の壁面にエロチックな男女の交合図が、これでもかこれでもかと彫られているからだ。緻密な彫刻群が大胆なエロチズムを表現している。現地ガイドのラケーシュさんはおしゃれな出で立ちで、非常に日本語が上手だ。本職は弁護士なので、ガイドの仕事は月に3回ぐらい。「毎日こんなエッチな彫刻を説明していたら、嫌になっちゃいますよ。頭がおかしくなる。月に3回ぐらいがちょうどいい」と言って笑わせた。何がちょうどいいのかわからないが、ちょうどいいらしい。

彼の説明がなかったら、「ふーんこんなものか」で終わったかもしれないが、説明が上手だ。「ほら!猿が嫉妬して2人をのぞいているでしょう」とか「ここに84体位がありますが、若い人はここでお勉強するので、長い行列ができますよ」などなど。

タントラの指導 ヒンズーの世界には、シヴァ神のシャクティ(性力)を崇拝し、セックスによって悟りが開けると信じるタントラと呼ばれる人たちがいた。タントラが、王・王妃・一般人に手ほどき(左)をする姿態や、ご丁寧にも手ほどきを見守る人たちまで彫ってある。

こうして活字にすると、とんでもない寺院だと思うかもしれないが、実際には陽光の下での見学だから、あっけらかんとしたものだ。ヒンズー教では性行為も人間本来の姿と考えていた。そういえば、これまで見学したヒンズー寺院には、男の象徴をかたどった岩(リンガ)が、石窟の中に大事に祀られていた。かつてのインド人は、素朴でおおらかであけっぴろげだったような気がする。でも、菩提樹のもとで49日間瞑想して覚りを開いた仏陀と比較すると、セックスで覚りを開くヒンズー教のなんと安易なことか。

ひるがえって今のインドは、お見合い結婚が90%を占め、自由恋愛は許されない。抱き合っているインド人カップルは、エレファンタ島に行く船中で1組見ただけだった。まず親が相手に会って良さそうだと思っても、決定は星占いに託される。36ポイントのうち21ポイントがあわなければ結婚に至らないそうだ。ガイドのシャルマさんも、親が決めた同じカーストの女性と結婚した。「家は近いけど結婚するまで彼女を見たこともなかった。でも今は幸せだよ」。デリー大学で学んだ彼に、大学時代の出会いはなかったのかなあ。(2010年7月2日 記)

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