チュニジアの旅 12
垣間見たチュニジア

 10日間の旅で垣間見たチュニジア人の様子をお知らせして、このシリーズを終わります。

★押し売りや乞食がいない 
 
 みやげものを無理矢理押しつける物売りもいないし、バザール店員の呼び込みも、おとなしいものでした。

 左右とも、メディナ(市場)で撮った写真ですが、左は帽子屋。日本人が買わない品とはいえ、売ろうともせず黙々と。右は、小さな工場。私たちには見向きもせずに金属加工に励んでいました。

 学齢期の子ども達が学校にも行かず、まがいものを堂々と売りつけたり、哀れをさそう仕草を、あちこちの国で見てきました。底抜けに明るい場合でも、どのような大人になるのだろうと心が痛みますが、チュニジアでは、そういった子ども達を1度も見ずにすみました。乞食や浮浪者らしい姿も皆無。国民1人当たりのGNPは、日本の10分の1以下ですが、それなりに生活が安定しているのでしょうね。

★大人の男性が昼間からブラブラ 
 
 イスラムの多くの国に言えることですが、女性を公園やカフェで見かけることはまれです。チュニジアでは女性の写真をほとんど撮れませんでしたが、男性は何枚も。カメラを嫌がらないこともありますが、外にいるのは圧倒的に男性が多いからです。

 左のように、5〜6人が座り、何をするでもなく過ぎ行く人を眺めている場合もあれば、広角泡をとばし議論に夢中な殿方もいます。水タバコを吸っている人、談笑する人、サッカー観戦をする人。カフェは男性のたまり場。

 女性がおおぴらに外で楽しめないのか、逆に男性が家から追い出されているのか。日本では男性がベンチに固まって座っている姿は見たことがありません。昼間の喫茶店やレストランは、女性が占拠。日本の男性は、ちとお気の毒。

★サッカーに夢中 

 日本で開催されたWカップでは日本が2-0でチュニジアに勝ちましたが、彼らの熱狂度は日本とは比較になりません。ガイドのモアズ君と運転手のモクタールさんは、チュニスとスファックスが対戦した日は朝からそわそわ。休憩のたびにラジオをスイッチオン。チュニスは東京、スファックスは大阪に例えられ、普段から競争意識が強く、まるで巨人阪神戦。店員が呼び込みに使う言葉は「ナカタ!」。スポーツ選手の活躍がその国を代表する怖さ、面白さを感じますね。

★教育レベルが高い

 砂漠ツアーで私のラクダを引いてくれたのは10歳くらいの男の子。(左)。フランス語が話せる仲間に、ラクダの歳と名前を聞いてもらったところ、フランス語で返ってきました。フランス語は9歳から、英語は12歳から学校で習います。日本のようにろくに話せない教育ではなく、ほとんどの人がフランス語会話をマスターしているとか。
 
 チュニジアがフランスから独立したのは1956年。「フランス語が普及しているのは当然」という見方もありますが、韓国では最近まで日本の映画・雑誌が禁止されていました。これを考えると、支配されていた国が、支配していた国の言語を9歳から学ぶのは不思議なこと。でも現実では、チュニジア人はどんなに助かっているか。Moez君はフランス語のガイドでしたが、イタリア語も英語も堪能だそうです。

 チュニスからフランクフルトに向かう機内で、隣に座ったチュニジア人のDjelidi君は、母がスウェーデン人。スウェーデンの大学を卒業したこともあり、アラビア語・スウェーデン語・フランス語・ドイツ語・英語が自由に話せる・・と、当たり前のように話してくれました。

 国家予算の20%を教育にあて、誰でも無償で教育が受けられます。マトマタの穴蔵住居に住んでいる子ども達さえ、スクールバスで新マトマタの学校へ通っています。義務教育は6歳から15歳で日本と同じ。大学は5つしかありませんが、専門学校が86もあり、学びたい人は専門的知識を身につけることができます。物乞いや押し売りがいないのは当然ですね。

 右は、スファックスで見かけた男の子。読んでいる新聞の中身は、イラク戦争でしたよ。どうしてわかるかって?パウエルの顔や戦闘機が印刷されていましたから。

★アメリカが嫌い 

 「ブッシュのやっていることは一体なんなんだ!と顔をしかめたのはDjelidi君。政治的な話にまで及んだのは彼だけですが、「イスラム国家でアメリカを好きな奴はいない」と言い切りました。この会話は2003年1月。1年半前の、ブッシュがイラク攻撃を始めて間もなくのことでした。

 アメリカ嫌いのせいなのか、チュニジアには1軒のマクドナルドもありませんでした。中国、ロシアにまで進出しているハンバーガー屋がこの国にはないのです。どこの国行ってもMマークを見せられるのは気持ちが良いものではありませんから、喝采を送りたいほどです。

 左の剥がれているポスターは、ベン・アリ大統領。1987年に就任以来、いまだに彼の政権が続いています。こうも長いと、独裁政治になりがちですが、むしろ独裁体制を破ったのはアリ。国民に絶大な人気があるという話です。彼もアメリカが嫌いなのでしょうね。(2004年8月2日 記)

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