ヴェネツイアの旅4
 パトヴァとヴィチェンツア

2013年3月22日(金)-5日目

今日はヴェネツイア郊外へバスの旅。普通のツアーのように、バスがホテルに横付けとはならない。水上タクシーでバス乗り場まで移動しなければならない。

バス移動中に、MARIKOさんが、今のイタリアについて話してくれた。イタリアの経済悪化が深刻だとは聞いているが、1週間ぐらい滞在しただけでは何も分からない。「イタリア全土では1日に167軒の店がつぶれているんですよ。あのジノリもつぶれました」と聞くと実感する。初めてイタリアにきたとき、ローマのスペイン広場に近いジノリの店でデミタスカップを買った。素晴らしい陶磁器を作っている会社だったのに・・。

政局も安定していない。2月の総選挙で、ほんのちょっと中道左派がリードしたが、どのグループも単独では政権をとれない。「再選挙になるでしょう。私は中道左派やお笑い芸人が率いる「五つ星」よりマシなので、ベルルスコーニ率いる中道右派に入れますよ」とMARIKOさん。再び欧州が危機に陥れば、当然日本にも影響がある。

スクロヴェーニ礼拝堂1時間ほどで西40`にあるパドヴァに着いた。パドヴァには、ボローニャに次いでイタリアでは2番目に古いパドヴァ大学がある。ガリレオガリレイは8年間、ここの大学で学んだ。

 パドヴァ最大のみどころは、スクロヴェーニ礼拝堂(左)である。古代ローマの競技場跡を横目に見ながら、礼拝堂の入口に着いた。でも、礼拝堂には、すぐには入れない。フレスコ画保護のために、私たちは,除菌室に入らねばならなかった。ヴィデオを見ながらだったが、20分ぐらいはいたような気がする。中に入ると、それほどまでして保護する理由がわかった。

西洋美術史上もっとも重要なフレスコ画が、壁の全面に描かれている。作者はジョットとその弟子たち。彼はルネサンス絵画の創始者で、はじめて遠近法を描いた画家として知られる。写真はもちろん禁止だった。

この旅から1年後の2014年4月に、鳴門市の大塚美術館に行ってきた。大塚美術館は、世界の代表的な名画を陶板に焼いて復元している。絵画ばかりではない。遺跡や教会の空間ごとそのままを再現している。ローマのシスティーナ礼拝堂、ポンペイの秘儀荘、トルコのカッパドキアの洞窟教会の再現には驚いてしまった。

ラッキーなことに、スクロヴェーニ礼拝堂内部の復元もあった。本物を見てから1年。素晴らしい空間を再び共にする機会に恵まれて幸せ。大塚美術館の陶板は、フラッシュぐらいでは色の劣化もないらしい。写真撮影は許されている。下の3枚は大塚美術館にあるジョットの作品である。

礼拝堂内部 ユダの接吻 最後の審判
 天井は星空を表している
3段にわたりイエスの生涯が
描いてある

「ユダの接吻」
有名なジョットの名作

 礼拝堂の入口から
見た「最後の審判」


聖アントニオ聖堂パドヴァの街並みを楽しみながら、聖アントニオ聖堂(左)へ。聖アントニオはさまざまな奇跡をおこなった聖人。イタリアではもっとも有名な聖地だという。私は名前すら聞いたことがなかったが、たくさんの信者が集まっていた。

昼食後、50分のバス移動でヴィチェンツアに着いた。「建築家が憧れる街です」とMARIKOさんは説明した。

1508年にここで生まれたアンドレア・パラーディオは、世界中の建築に影響を与えたと言われ、数々の名建築を残している。ワシントンのホワイトハウスもそのひとつ。4日目に行った、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会もそうだ。

パラーディオ建築のキエリカーティ宮の前で、現地ガイドと待ち合わせた。待っている間に気づいたのだが、二段の柱廊がギリシャ神殿を思わせる。サンジョルジョ・マッジョーレ教会も教会というより神殿のようだったことを思い出した。

パラーディオの最後の作品がオリンピコ劇場(下の3枚)である。古代ギリシャのテーベをイメージした街並みを遠近法で舞台装置にしている。客席の上部にある95体の彫像は、95人のスポンサーを表している。春にはオペラ、秋にはギリシャ悲劇が上演されるそうだ。冷暖房が効かないので夏と冬は上演しない。

オリンピコ劇場 オリンピコ劇場 オリンピコ劇場
 遠近法でテーベの街並み
を表した舞台
 
観客席もギリシャの
円形劇場みたいだ
 
客席上部にある
95体の彫像はスポンサー


繁華街を通りながら、シニョーリ広場に面したバジリカへ。パラーディオの代表作だ。屋上から見た街並みや雪山がきれいだった。広場には高さ82メートルの塔が2本ある。1本には聖マルコの獅子、もう1本にはキリスト像。わずかな滞在時間だったが、建築家が憧れる街を歩けて幸せだった。


現代美術館の岬ホテルに戻ったのは5時半頃。Mさん夫妻が、「きのう見た安藤忠雄設計の美術館が良かった」というので、行ってみることにした。岬の突端にあることは分かっているが、迷路ばかりだから行きつくまでが大変だ。時間があれば、迷路ほど面白い通りはないのだが、時間がない私達はあせってしまう。

フランスの財団が、2009年に17世紀の税関の建物を改装して現代美術館に衣替えした。設計は「世界のANDO」である。

帰国してから約2週間後に、安藤忠雄さんとベネッセがプロデュースした瀬戸内海の直島に行くことになっている。そんな時だけに、この美術館を見過ごすわけにはいかない。でも美術館に着いたら、すでに閉まっていた。

ネットで見たら、まさに安藤ワールド。コンクリートの打ちっぱなしの内部に、現代アートが置いてある。中に入れなかったのは、ひとえに私の情報収集能力の欠如。安藤ファンの方はお見逃しなく。

安藤さんの建築には、大量のコンクリートが必要だ。しかし、ヴェネティア本島では車が使えない。木製の筏を海に浮かべて、コンクリートミキサー車を乗せた。揺れる筏からコンクリートを流し込む難工事に、イタリアの大工や左官が挑んでくれたという。

美術館は閉まっていたが、岬にはカメラマンが大勢いた。サンマルコ広場が真ん前、マッジョーレ島も真ん前。ヴェネティアの夕景は、何を撮っても絵になる。私も、パチリパチリ。左は現代美術館の外にある「蛙を持った少年」。
<ヴェネツイアのカ・アルヴィゼ泊>   (2014年5月2日 記)

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