アメリカ西部の旅 3
 ルート66 (5月25日)

ルート66は1926年から1985年まで使われていた旧国道を指す。イリノイ州シカゴから、カリフォルニア州サンタモニカを結んでいた。東部から西部を結ぶ全長3800kmの大動脈。日本の東名高速347kmの10倍の距離である。

他国の国道なのに、ルート66はなぜか知っている。ジャズやテレビドラマで耳にしていた。日本人がアメリカに憧れていた時代に、このドラマでモーテルやファーストフード店を知った。

「ルート66は最初の国道の1つだったのでしょう?なぜ66なの。日本には国道1号線があるよ」とブライアンに質問してみた。「国道設置をするときに、番号を60からはじめることを決めたようだよ。66は大動脈だから誰でも覚えやすいように言いやすいように66があてられた」とのこと。

ルート66は今では消滅している所もある。この歴史的な国道を残そうという動きがあり、Historic Route66として観光客を集めている。歴史的な道路とうたってはいるが、たかが80年ぐらい前の道。「日本にはもっともっと古い道があるんだよ」と言いたいが、アメリカは独立の1776年から250年弱しか経ってない。これでもHistoricなのだ。

 

まず立ち寄ったのがキングマン(上の地図参照)。キングマンという鉄道技師の名前からつけられた町。鉄道が開通し駅ができたことで町が発展した。ここはルート66の通る町としても発展した。鉄道と国道の要所だった名残は今もあり、蒸気機関車や鉄道模型の博物館もあった。

 
キングマンの博物館

 
鉄道駅だったころの名残 サンタフェ行き
このキングマンと次に訪ねたセリグマン間はルート66だと2時間かかるらしい。上の地図の赤い道路がルート66。私たちツアーは時間がもったいない、1時間ですむインターステートハイウェイで移動した。ルート66の雰囲気に浸りたい人は個人で行くしかない。

ハイウェイ開通であわてたのが、セリグマンで床屋をしていたエンジェルさん。弟と一緒にルート66の保存目的で「アリゾナルート66保存協会」を作った。その後各州に組織ができたが、セリグマンとエンジェルさんは保存活動発祥の地と発起人ということで全米で有名。人口が500人にも満たない小さな町にたくさんの観光客が押しかける。

 
床屋の面影を残しているみやげ物屋
 
右に立っているのがエンジェルさん

 
ルート66全盛期の頃の自動車
 
笑っちゃうほどチャチな町並みと人形


エンジェルさんの床屋は今はみやげ物屋になり、当時の床屋は片隅に残っているだけだ。ツアーのみなさんは床屋の椅子に座って記念写真を撮っていた。エンジェルさんは今なお元気で、ときどき自転車に乗って店に現れる。

                                                    (2018年8月16日 記)

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