65回 イエスの12弟子のひとりペテロの銅像に、イスラエル旅行中に2度出会った。1つは聖ペテロ1で書いているように、ガリラヤ湖畔に立っていた。 2つ目の銅像(左右)は、エルサレムの鶏鳴教会にあった。聖書に馴染んでない方は、「鶏が鳴く教会ってなんだろう、教会の名前としては妙だな」と思うかもしれない。 ガリラヤ湖畔からエルサレムに上ったイエスは、弟子のユダに裏切られ逮捕される。 自分の運命をすでに悟っていたイエスは、ユダの裏切りを知りながらも抵抗しなかった。最後の晩餐の時に、「・・しかしそこにわたしを裏切る者が、わたしと一緒に食卓に手を置いている・・」と語った。 イエスは、ユダの裏切りばかりかペテロの弱さをも指摘する。「・・きょう鶏が鳴く前に3度わたしを知らないと言うであろう・・」。 これが、鶏鳴教会という珍しい名前のゆえんだ。鶏鳴教会は、祭司カパヤの邸跡に建っている。ゲッセマネの園で逮捕されたイエスは、裁判のためにカパヤ邸に連行された。イエスが捕まるや、弟子達は逃げ去ったという。後ろめたく思ったペテロだけが、邸に忍び込み、家人に見とがめられた。 自分も逮捕されることを恐れたペテロは、「この人を知らない」と言った。3度も「この人とは無関係だ」と否認してしまう。イエスの預言どおり・・。左上の写真は逆光で見にくいが、両手を広げて否認するペテロ・鶏・逮捕した役人・家人とすべての群像がそろっている ユダがお金に目がくらんで師を裏切る、ペテロが師を知らないと言う、弟子達が逃げ去ってしまう。これは、今でも通じる感情で、「そうだろうなあ」と、俗人の私は納得してしまう。自分の生命が危険にさらされると、隣人を己のようには愛せない。イエス第1の弟子で、もっとも信頼されていたペテロすら、そういう態度をとった。聖書の、こうした人間の弱さを書いている箇所は、ウソっぽさがなくて親しみを感じる。
私たちの旅では、エルサレムに3日間滞在した。真っ先に訪れたシオンの丘に、鶏鳴教会は建っている。シオンはダビデの城や墓があり、エルサレムの別名にもなっている。シオニズム運動の象徴でもある。その大事な丘から見たエルサレム旧市街のパノラマ(下)は、忘れられない。 イスラム教の象徴である岩のドームが金色に輝いている。イエスが十字架にかけられたゴルゴダの丘に建つ聖墳墓教会も見える。ユダヤ教徒の祈りの場・嘆きの壁の一部も見える。3大宗教が狭い土地をめぐってせめぎ合いをしている様子が見て取れる光景だ。 「やっとエルサレムに来ることが出来た〜」と、感慨にふけっていたときに、突然コケコッコーと鶏が鳴いた。「あれ?テープ?」と思ったほど良いタイミングだった。神父さんが飼っている本物の鶏が鳴いたのだ。教会の屋根の風見鶏、鶏の像もさることながら、鶏を飼っているに至っては、鶏鳴教会のみなさんは、観光客を喜ばせる術もお持ちのようだ。 コケコッコーのすぐ後に、イスラム教の午後のお祈りアザーンが響き渡った。アザーンが終わる頃、教会の鐘がキンコンカ−ンと鳴り響いた。私が思い描いていたエルサレムが、ここにあった。その後のエルサレム滞在中に、アザーンと教会の鐘をほぼ同時に聞くことはなかった。 (2007年12月24日 クリスマスイブの日に記) 感想を書いてくださると嬉しいな→ 聖ペテロ1へ 次(ペリー提督)へ 銅像めぐり1へ ホームへ |