北京の旅


                       <1999年10月16日〜19日>

 1 オバサン12人北京の休日
 2 毛沢東の遺体は蝋人形?
 3 北京原人
 4 廬溝橋
 5 万里の長城
 6 天安門広場と故宮
 7 伝統が息づく胡同
 8 国際化って何?

北京の旅 1
オバサン12人北京の休日

 17年前に近所の友達と「歩く会」を結成し、月に1度近郊を歩いています。子育てが一段落した頃から、海外へも4度。こんな旅の様子もお知らせしたく、今回は「オバサン12人北京の休日」。

 時は、建国50周年で沸き返っていた1999年10月16日から4日間。写真は万里の長城での12人勢揃い。メンバー以外の友は「よくそれだけの多人数がまとまるわね」とまず感嘆の声を発し、「女がそんなに集まれば、もめるのが普通でしょ」と続きます。12人もいると好みや価値観の違いは歴然で、親しさゆえのわがままも出てくるので、多少のくすぶりは当然。それを我慢してもこのメンバーでの旅に魅力を感じ、「足腰が弱ってこない今のうちに、毎年行きましょう」「もっと遠く、せめて1週間は」の声もあがっています。

 「オイオイ、俺のことはどうしてくれるんだ!」の亭主族の悲鳴や不満が聞こえてきそうですが、なぜか「友達との旅が楽しいのよねえ」。でも快く送り出してくれるうえに、インターネットで気候を調べてくれた方3名、駅まで送迎してくれた方6名・・と、皆さんイイ夫を演じてくださっています。反対して、心が狭い男だと思われたくもないでしょうし。

 郊外に足を延ばすために、専用車をあらかじめ予約。メンバーだけのバスは、「女のおしゃべり」が盛り上がっても遠慮せずにすむし、好きな場所へ行けるというメリットがあり、少々の高値を差し引いても、満足のいく旅になりました。写真は、4日間を共にしたマイクロバスとガイドの霍陽さん。

 「霍陽です」と名乗ったガイドは、「10年前に仙台、福島、東京で研修し、東北大で日本文学を習いました」と『坊ちゃん』『蜘蛛の糸』『蟹工船』の冒頭部分をスラスラ暗唱しはじめたのです。「蟹工船は読んだことがないなあ」と思いながらも、そんなことはお首にも出さす、「あら私も仙台出身よ」と握手。幸先の良い旅が始まりました。

 「魯迅を知ってますか。毎日彼の銅像の側を通って、大学に通っていたんです」「私も見てますよ。江沢民も行きましたね」。北京の空のもとで、仙台の地名、川内・青葉山・八木山(東北大のキャンパスがある地)が話題に出るとは、思いもよらぬことでした。

 来日中に天安門事件が勃発。残してきたお子さんや奥さんの安否を気遣う毎日だったとか。電話をした時に、奥さんは「盗聴されてるかもしれないから、余計なことはしゃべらないで」。盗聴という言葉が、市民レベルで交わされていたことに恐怖を感じてしまいます。その奥さんは今(1999年)は、幼稚園の園長。一人娘のお嬢さんは英語が堪能な大学生。「金がかかってしようがない」とぼやきながらも、一人娘の成長に目を細める父の姿がありました。

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