ヨルダン・シリア・レバノンの旅
                   <2005年1月11日〜25日>

 1 文明の十字路
 2 モーゼ終焉の地
 3 アカバ要塞
 4 「アラビアのロレンス」ロケ地
 5 ペトラ遺跡
 6 エドディルと死海
 7 砂漠の中の城
 8 首都アンマンとジェラシュ遺跡
 9 シリア入国
10 目からウロコ(パウロの改心
11 ウマイヤ朝の中心地・ダマスカス
12 パルミラ遺跡
13 シリア第2の都市・アレッポ
14 シリアからレバノンへ
15 レバノン杉
16 ベイルート
17 バールベック遺跡とアンジャール遺跡
18 フェニキア時代に栄えた都市


ヨルダン・シリア・レバノンの旅 1
文明の十字路

 物心がついた時には、中東は戦っていた。いつも、きな臭いがしていたような気がする。

 主な戦いを拾ってみる。1948年の第一次中東戦争、1956年の第二次中東戦争、1967年のの第三次中東戦争、1973年の第四次中東戦争、1975年から15年にわたるレバノン内戦、1980年のイラン・イラク戦争、1987年の第一次インティファーダ(パレスチナ民衆蜂起)、19991年の湾岸戦争、2000年の第二次インティファーダ・・。

 旅行前も帰国後も「よくもそんな危険な国に・・」と、多くの人に絶句されたのは「中東はいつも戦争をしている」の思いがあるからだろう。

 たしかに、イラクとアメリカの戦闘状態は終わっていない。帰国直後に、レバノンのハリリ前首相が殺された。レバノンでは、反シリア勢力のデモが続いている。右は、3月2日の朝日新聞。

 「アメリカがイラクの次に狙っているのはシリア」とも言われる。アラファト議長が亡くなった後も、パレスチナとイスラエルの確執は終わりそうにない。

 こうした事例を考えると、危険な国と思われても仕方がないが、少なくとも渡航時には、中止勧告は出ていなかった。
  
 「恐いモノ見たさ」もいくぶんあるが、この3国は以前からどうしても行きたい国だった。文明の十字路と言われる地は他にもあるが、ここほどそれに相応しい所もないような気がする。

 メソポタミア、エジプト、フェニキア、ギリシャ、ローマ、ビザンチン、初期イスラム、十字軍、オスマントルコ・・とさまざまな文明・文化・帝国がこの一帯を駆けめぐった。

 現在は3国ともイスラム国家だが、それ以前の遺跡が多い。ヨルダンに2つ、シリアに4つ、レバノンに5つの世界遺産があるのは、文明の十字路の証である。

 これら3国にイスラエルとパレスチナを加えた国は、古くから「シリア」と呼ばれていた。オスマントルコ帝国が第一次世界大戦の敗北で解体し、小さな国に分けられたのは、1920年以降だ。

 シリアとレバノンは、フランスの委任統治領、パレスチナとヨルダンはイギリスの統治領になった。イギリスとフランスによって、滅茶苦茶にされてしまった。いまなお解決しないパレスチナ問題や中東戦争は、すべてイギリスの二枚舌外交の結果だと言える。

 こんな概略と上の地図を参照にしてくださると、旅日記は、わかりやすくなると思う。薄い緑の部分が、今回訪れた国。ご覧のように、サウジアラビア、イラク、トルコ、イスラエル、エジプトに接している。地中海にも面している。

2005年1月11日(火)-1日目-

 夫が会社勤めからほぼ解放されたので、空いている時期の、15日間という長めの旅に参加できた。旅行社はポーランド・チェコの旅と同じE社。

 予想はしていたが、22名の参加者のほとんどが熟年世代。15日間で耳にしたことだが、毎月、海外へ出かけている人も大勢いる。

 年に2〜3回しか行っていない私でも「もう行き尽くしたんじゃない」と友人に言われるが、こういうツアーに参加すると圧倒される。私と同世代の1人参加の女性は、12月にネパール、11月に中央アジア5ヶ国、10月にイエメン、9月に南アフリカに行って来たという。

 羽田を20時40分に出発、関空に21時55分着。関空でドバイ行きの飛行機を待つ間にサウジアラビアの若者に会った。ソウル大学で化学を学ぶ学生で、大学が休みなので、帰省するところだという。ソウルから直行便がないので関空まで来た。サウジの若者がソウルで学ぶ時代になったのだと、感慨深かった。

1月12日(水)-2日目

 関空を23時15分に出発し、ドバイに5時45分到着。ドバイと日本は5時間の時差があるので、11時間半の飛行。エミレーツ航空という初めて乗る飛行機だ。

 この間に眠らないと次の観光がつらい。ひたすら眠る努力をした。

エミレーツ航空は、オイルマネーで潤っているアラブ首長国連邦の飛行機だけあり、機内のシートや設備はきれいだ。旅行者よりビジネスマンらしい人が多く乗っていて、満席だった。

 関空で会ったサウジの大学生は「ドバイは近代的な街だよ。降りないのは残念だね」と言ってくれたが、ドバイはトランジットにすぎない。左上は、着陸寸前に写したドバイ上空。

 ヨルダン行きの飛行機を待つ間も、退屈しなかった。ナツメヤシをイメージした電飾飾りが続いている。きれいなモスク(右上)も、待合室にある。右がMen、左がWomenと分かれていた。トイレと間違いそうだが、ちゃんとモスクと書いてある。

 売店に置いてあるものも豪華だった。世界の高級車が免税で買うことが出来るらしい。自動車が置いてある免税店を初めて見た。自動車の写真は取り損なったので、アラブの人形でご勘弁を。これだけ揃うと、不気味だ。(2005年4月15日 記)

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